『ダーウィン・ヤング 悪の起源』感想

原作を読み終えてからまとめて書き上げようとしていたら読み終わらないうちに7月も終わろうとしていた。今更ですが観劇当時書いたのを少し整理して投稿します。
チケットを取った最大のきっかけは「演出:末満健一」の文字。しかし観劇前はこんなに抉られるとも引きずるとも思っていなかった。

キャスト、演出、この作品のラストについての所感をそれぞれ以下に書きます。

キャストについて


主人公かつ素晴らしいWキャストだったダーウィン・ヤングと、特に印象的だったニース・ヤングについて。無駄に長い。

 

ダーウィン・ヤング

Wキャストは大東ダーウィン→渡邉ダーウィン→大東ダーウィンの順で観劇。

■大東立樹ダーウィン

大東立樹さんのダーウィン、終盤にとんでもないもの見せてきた…!
初めて観た時は、後半が席の関係で表情が見えないシーンがあったせいもあり後半よりも無邪気でキラキラした少年の面がよく見られた前半が印象的だったけれど、三度目観劇時には終盤も表情がよく見えてこんな目をしてたのかと震えた。とにかく終盤の芝居が鮮烈だった
大東ダーウィンはもともとかわいらしさとキラキラがあったけど、レオと出会って呼応するように輝いていた印象がある。内海さんのレオとの「学校で遊ぶ心から分かり合える友達同士」感がすごい。レオとの関係、レオと友達っていう面が印象的だった。
だから、初めて観た時はレオを選ばなかったことが意外にも感じた。
電車での冷たく鋭く美しい目と、レオの葬式で舞台上手側で疲れた顔でボロボロと涙を流していたのが脳裏に焼き付いている。

■渡邉蒼ダーウィン

渡邉蒼さんのダーウィンはもう圧巻!!初っ端から引き込んできた、安定してよく響く声と歌が素晴らしい。お芝居にはずっと奥行きと重みがあったように感じられ、乗せられる感情に湿度があった。ラナーとニースとの『青い瞳の目撃者』での声の重なりがすごく美しかったし、特に『夜がなければ』が凄まじかった。
あと電話をしているシーンでの声の上ずり方や間に感情ぐっちゃぐちゃになっているのが受け取れてすごく良かった。父の秘密のためならレオも殺める覚悟と、どうかテープを聞いていないでほしいみたいな葛藤を私は感じた。
渡邊ダーウィンは穏やかでクラスの優等生で、物静かそうだけど子供らしい面も見せる子な印象。ラナーとの「ぎゅーっ」がそれはもうかわいかった。そして渡邊ダーウィンはニースに似ているなと思った。どこが似ているかというとよくわからないけれど、しいて言えばウェッティな雰囲気かも。
ところで芝居の質感もだがまず公演プログラムにあった解釈や考え方があまりに末満健一の世界に合いそうで、渡邊蒼くんを末満脚本作品でも見てみたい気持ちになった。

■Wキャストと見方の変わり方

実をいうと一度目に観た大東ダーウィンで、ラストがよく飲み込めなかった。なぜ父の秘密を守るために殺人までするのか。物語に対する不満や怒り悲しみを伴う「分からない」ではなくて頭では分かるけど肌感として分からなかった。
でも(一度話を知ったこともあるけど)二度目に観た渡邉ダーウィンのあの『夜がなければ』で、ああダーウィンはこの先父を許し守るんだとスッと飲み込めたし、だからレオに手をかけるときもそうだよね、ダーウィンはそうするよね、そうなるよね…とストンと腹に落ちた。
そして渡邊ダーウィンの後で観た大東ダーウィンはまた印象が違った。大東ダーウィンの電車でのレオを見る目があまりに鋭くて、これもうバリバリ殺意あるな…父のために何でもするって腹の中決まってしまっているんだな…と思ったし、ラストに対しては「ああ、やっぱりそうなってしまうのか…」と思って、一度目観た時とは違う感覚になった。三度目の観劇が一番やるせない気持ちになった。

大東ダーウィンレオという"友"との繋がりが強い印象があって、終盤は電話のシーンから積もらせていったものが『青い瞳の目撃者』で一気に噴き出し大人になる
渡邊ダーウィン"父" との繋がりが強く感じたし、『夜がなければ』で覚醒し、覚悟は持ちつつ葛藤と苦悩を捨てきれぬまま大人になる。
なんとな〜くだけどそんなイメージを持った。演技の違いというよりか自分の中で感じたものの違いの話に近いけど、二人のダーウィン、それぞれ違うダーウィンで面白かったな。近い部分もありながら違う、対照的で素晴らしいWキャストだった。


ニース・ヤング

"ニース・ヤング" という役柄がもう好きだな、というのは初見一幕ラストから予感していたことだけれど、"矢崎広さん演じるニース・ヤング" があまりにも引力が凄すぎた。ニース・ヤングが背負ったものも、抱える感情も、演技も、予感していた以上だった。
初めて見た時は「こんなに良い演技を…様々なシチュエーションの演技を見せていただいて良いんですか!?こんなてんこ盛り詰め合わせを!?」みたいに興奮したし想像軽く上回りすぎて驚愕すらした。

理想を体現したようなあふれる父性、罪悪感にまみれ幻影にとらわれ怯える姿、焦り苛立ちによって優しさが崩れ愛する子に怒鳴る姿、酒瓶をひっつかみ嘔吐する姿、こみ上げる吐き気を必死に抑える姿、ソファに座り真っ黒な目で虚空を見つめ微動だにしない抜け殻になっている姿、純粋無垢の柔らかでかわいらしい16歳の姿、死にながら生きてきて「僕が死ねば良かったんだ」と16歳の時と同じ声音で崩れ落ちる姿…全てに胸を掴まれたしなんなら動悸がした。こんなに見たいもの一度に見せられることあるんだ。

「僕が死ねば良かったんだ…」の、46歳の皮が剥がれ落ち幼い16歳のニースが出てくるような変わり方が特に素晴らしい。全くわざとらしくなく、自然に、悲しい程に、彼は16歳のまま時が止まっているのだと分からせられる。この年齢変化、矢崎さんを『スリル・ミー』の「私」でも見てみたいと思った。

16歳のニースは本当にピュアでかわいらしくて朗らかで良い子すぎた…絶対友だち多い。でもニースが良い子で汚れを知らないような少年に感じられるからこそ父の抑圧のなかにいるジェイがあの行動に出たのも分かってしまう。

ニース・ヤングには全体的に色気を感じたけれど、色っぽいとは少し違う、ニースの人間性から漏れ出るような堅い色気で、独特のものだった。そしてニース・ヤングの芯には幼さや脆さも感じられ、それを父性や独特な色気が覆っていて、ダーウィンの父であり教育部長官のエリートであり16歳で時が止まっている少年という一人の存在を成り立たせていた。絶妙すぎる。


ダーウィン・ヤングとニース・ヤングについてつらつらと書いたが、このミュージカルのなかでラナー・ヤング、石川禅さんの存在もものすごく大きかったと思う。あまり歌唱力というものが分からない私でも分かる、歌が圧倒的に上手かった石川禅さん。はじめの歌声で、たったワンフレーズでこちらの集中力をガッと掴み離さなかった。石川禅さんのラナーの存在がこの作品を引き締めていたと感じる。音一つ一つがクリアで、柔らかく響く声で聞いていてとても気持ちが良かった。16歳のラナー・ヤングの若々しく跳ねてのびのびとした歌声や振る舞いは本当に”若いリーダー”にしか見えなかった。

それと大隊長やたら声が良いなあと思ったらジェイ・ハンター役の石井一彰さん兼役と公演プログラムで知りひっくり返ったこともここに記しておく。ラナー・ヤングに殺された男とニース・ヤングに殺された男の演者が同じってそんな。


演出について


一幕ラスト最高!!!!! 黒フーディがニースを覆いそこからバッとダーウィンが登場するのも、その後ニースが上段に姿を見せるのも好きすぎる、曲も含めテンションだだ上がり一幕ラストでスタオベしたかった。
そして絞殺シーン。異なる時空が重なるような演出が私は大好きなのでダーウィン/ニースそれぞれの殺める瞬間が同時に進む演出にはツボを押された。大好き。
紐の演出も好きだった。観劇中は綺麗だとか興奮みたいな感情があったけど終わって考えてみたらあれかなり難しくて凄いことしてない?と気付いた。凄い。舞台の上にあるものいるものすべて張り詰めて美しかった一糸乱れぬシーン。

ただ少し気になったのが映像演出。この作品の映像演出で特に不快や不満とまで思うところはなかったけど、末満さんが演出される舞台って2.5次元舞台以外では映像を使わないイメージがあったため、結構な箇所で映像が使われていたことが意外だった。
ちなみに個人的には映像が頻繁に使われるのは基本苦手な方で、映像やプロジェクションマッピングが使われていない舞台の方が断然好みだが、この作品の風景が切り替わるプロジェクションマッピングは自然で綺麗だったと思った。


ラストについて


初見では、この作品に対し "血や罪が絡んでしまった" という印象は持ちながらも、"雁字搦め" 感や "どうしようもなさ" はあまりないように思え、悲劇性をそこまで感じなかった。「他の選択もできたろうにレオを殺すこと(父を守り父と同じ道を辿ること)をダーウィンは自ら選んだんだ」という気持ちがあった。

そんなふうに初見ではこの作品のラストを「そうするしかなかった、ではなく、自ら選び取った道」と見ていたけど、二度目三度目観た後には「こうするしかなかったんじゃないか」「こうなるしかなかったんじゃないか」という思いがじわじわこみ上げてきたりもした。複数観てそれぞれで印象が変わった作品だった。

そしてラストで印象深かったのが『青い瞳の目撃者』の「僕だけじゃない」という歌詞と、レオの葬式シーンでヤング家三人が抱き締めあうシーン。絆のようなものを三人に感じた。あの三人には家族としての繋がりだけじゃなく赤いフードと殺人を通して、絆…断つことのできない繋がり、離れがたい結びつき…ができた(できてしまった)んだなあと思った。

こうして秘密を守っていくのがヤング家の形なんじゃないか、この連鎖はこれからも続くんじゃないか、そんな暗い将来もどこかに思わせながら「大人になる」と歌い上げ、明るめの曲調で終わるのは清々しさもあり、後味の良くなさと興奮と清々しさがあるなんとも不思議な味の作品だったように思う。

 

全てにおいて想像以上、期待以上の作品だった。こうまで引きずっているのは完成度がひたすら高かったのと先述したような後味の良くなさも興奮と清々しさも感じられる作品だったからと思う。あと円盤化の情報がないせいも多分にあると思う。舞台作品とはその時その時のものだとは分かっているしそこも含めて好きだけれど、もうこの作品が観られないのが後世に残らないのがなんとも歯噛みする思い。再演してほしい。音源がほしい!!!!!
とにかくバタバタして途中で読むのが止まっていた原作を読み終えます。